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2015-06-25 (Thu)

老人のお酒の相手後にお願いされて

 近くに住む老人とのこと。奥様が生存している頃は奥様とも親しくしていただいていました。お宅にお邪魔して先輩としていろいろ教えていただいていました。歳は私より20歳以上はなれた60代前半の上品なご婦人でした。その方が大腸のがんで入院されていました。

 長い期間ではなかったのですが、お見舞いにも何度も伺っておりました。二人のお子様は遠方にいらっしゃってますが、仕事が多忙でほとんど帰省しない日々がつづいていました。親子のきずなも何となく薄くなっているようでした。




 原因のひとつは、お子様が自宅を購入するときにそれぞれ相当の援助をしたが、それが原因なのか仕事への取り組みに真剣さがなくなったという。それで、残りの資産は老人二人の医療費と葬式代しか残っていない、と話したところあまり近づかなくなったという。

 数年に一度しか帰省しなくなったという。老人二人だけの静かな暮らしに訪れた奥様の入院生活。私がお二人のお世話をすることになりました。旦那様のお食事や身のまわりのお世話、奥様の病院へのお見舞いなど結構な忙しさでした。

 私の所は末の子が全寮制の学校に進学してからは幾分楽になりました。夫は土木関係の企業に勤務し現場の責任者として赴任しているので私は残された土地・家屋を守るために一人ボッチの生活。

 その秋、奥様は手厚い治療の甲斐もなくお亡くなりになりました。お亡くなりになる前に私を病室に呼び「うちの旦那をよろしくお願いします」と訴えられた、の。仲良し夫婦だったのでご主人を一人ぼっちになるのを心配してのことだろうと思っていました。

 ご両人は私の主人も仲良くしていた方なので、ご主人のお世話は「退屈しのぎに良いのではないか」と了承してくれました。最初はお買い物、週一度程度のお部屋の清掃、三日に一度程度チンするだけで食べられるよう料理したものを作ることだけでした。

 ご主人はお歳は60代後半ですが、奥さんを亡くされて気落ちしてなんとなく弱ってくる感じ。奥様の49日の法要もすませてしばらくしてのこと、呼ばれて行きました。亡き奥様の遺影のあるお部屋にたたずんでおりました。

「寂しいので俺のお酒の相手をしてくれないか」了承し、簡単なお酒の肴の準備、その間にご主人はお風呂。お酒の席では奥様との想い出話をしてくれていました。私も子育てや夫の不在中の寂しさなどをお話しました。私はお酒はあまり飲まないのですがその時は少々いただいてしまいました。

 よく私のお話を聞いてくれます。二人ともほろ酔い機嫌でした。そんなとき「お願いがあるのだが聞いてくれるかな」と。奥さんのお肌にももうずうっと触れていない。奥さんの白い柔肌に触れさせてくれないか、嫌なら腕だけでもよい、とおっしゃいます。

  人肌恋しいのだろう、と思い、ご主人の横に移動して私の二の腕を触らせてあげました。なんとなく寂しさに沈んでいるご主人がかわいそうに感じて触らせていました。段々と彼のおさわりは拡大し乳房の愛撫からキスにいたりました。

 私もしばらく夫に会えない日々を送っていたので私自身にも性の欲求があったのだと思います。受け入れてしまいました。41歳と66歳の25歳差の交わりです。私もそれまでも好意を持って接していたのでそんなに違和感はありませんでした。

 二人とも溜まっていたのでかなり激しい交わりになりましたる。パイプカットしていることや奥様以外との交わりは無かったので病気の心配は無いという彼の言葉を信じて中に出していただきました。緩急とりまぜた性技、生で接する感触、中にたっぷり出していただく・・私の最も好むセックスでした。

 その日は一度だけの交合でしたが老人の過淫を避けるため家に帰りました。その後も週に二三度、買い物や銀行のお手伝いをしたあと彼の家のお掃除、食事の準備の後、お風呂やセックスにご一緒して過ごす日々でした。

 夫は数ヶ月に一度帰宅しますが、帰れなくてすまん、と言いながら私の身体をむちゃくちゃに愛してくれます。私とご主人のことは知ってか知らずか何も言いません。そして、寂しかろう、と言ってご主人宅に肴のおつまみとお酒を持って遊びに行きます。会社の経営、管理職のありかたなどを学んでいます。

 ご主人は私との関係の「極秘の約束」は守っていただいているようでした。夫が帰っている間は夫に愛され、不在の間はご老人に愛される。夫が二人いる生活。そんな不埒な生活が10年ほど続きました。

 ご主人は76歳になっていました。「こんな幸せはない」と常々言っていましたが、私と私の身体を心から愛していただきました。
大好きなセックスも堪能されたようでした。奥様と同じく癌をわずらい三ヶ月後に入院していた病院で亡くなりました。「○○さんありがとう、いい老後だった、妻も喜んで迎えてくれると思う」と。その翌朝ご主人は息をひきとりました。

 ここで付け加えておきます。私がお手伝いを始めてからそのつど一万円の大金の封筒を足代として渡されていました。お断りしたのですが、強い要望なので戴くことになりました。愛し合うようになってからはそのつど二万円の封筒を手渡されるようになりました。

最初はお金持ちだからこのくらいなら貰ってもいいのかな、と気軽に考えていましたがだんだんと気にかかるようになってきました。そんな悩みをご老人にお話したことがあります。

「私もそんなに長くは生きられない。私の老後を幸せに送らせてくれたのは私の愛する○○さんだ。お礼なんだよ。贈与だ」さらに続けて「あとで遺産相続争いに巻き込まれないように考えたんだ。万が一私とのことがばれて離縁されるようなことがあってもその預金さえあれば何とかなるだろう」と。そのとおりになりました。

 二人のお子様への遺産相続は滞りなくスム-ズに終了しました。私へのお世話のお礼の言葉はありましたがその他の質問はありませんでした。遺言には私へのお手当てについての記述は一切無かったようです。

 時は過ぎ、子供たちは大学を出て正社員となり、夫も定年退職を迎えました。家のロ-ンも終わっておりこれからの生活で特に予定しなければならない出費はありません。夫の元にはご老人からの丁寧なお礼のお手紙が残されていました。もちろん、私との親密な身体のお付き合いのことは記されていませんでした。

 夫にも退職金が出ました。二人分の預貯金を合わせると大きな金額になりますが私の預金のことは話しません。何か突然の出費に襲われたときには「へそくりです」と一部を出すつもりでいます。今は二人で国内・国外の旅行を楽しんでいます。夫には申し訳ないことをしていたと想いだしています。


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最終更新日 : 2018-07-07