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2021-03-04 (Thu)

舞台が終わってからのエロな罰ゲーム

 僕が29歳で、カラオケ教室の先生をしていて、何人かの生徒と性交渉をしました。僕は19歳の時30歳の女性演歌歌手のお付きと、兼マネジャーをしました。

 本当はその頃、沢田研二の歌で「NHK素人のど自慢大会」の九州大会で優勝して、そのときのゲスト歌手が彼女で見出され「歌手にしてあげるから」と誘われて、料亭経営の両親から50万円を貰って上京したのでした。



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 初めからこれはワナでした。早い話が歌手希望の僕を騙して、性交相手にしたて、毎晩性の奴隷役でした。最初は素敵な女をタダで抱けると嬉しかったのですが、毎晩のSEXに流石に降参でした。

 中学校から水泳の選手で、身長は178cm65kで、逆三角の身体で脂肪はまるでついておらず、おまけに陰茎は19cmで、亀頭と金玉は異常に大きかったのです。

 おまけに遅洩で2時間ぐらいは性交時間は持ち、相手が何回イってもコチラはイク事はありませんでした。彼女は30歳近くでしたが、Dカップの乳房と、下腹部や陰部は引き締まり、

 オサネもそんなに大きくも無く、膣もかなりの締りがありました。少しアソコは使いすぎで時々くさい匂いの時もありましたが、多分精液を洗い流さないからでしょう。

 毎晩イッテから睡眠に入っていました。まあ地方巡業の時だけは開放され、20代のお手伝いさんと楽しい性交の日々でした。これで歌手になれれば我慢もしたのですが、

 性の奴隷とわかり九州の自宅に帰り暫らくは近くのクラブで、色んな歌を唄っていました。彼女から電話を貰い、「どうしても貴方が忘れられないから、月に50万円支払い、六本木ヒルズにマンションを用意して、

 おまけに4年乗ったBMWの車もつけるから戻ってきて」と哀願されました。またも歌手の夢に近ずいたので戻りました。最初の性交は物凄いものでした。

 彼女はアメリカのロスで有名な整形医の手術を受けて、垂れ下がった乳房をCカップに小さくして尖らせ、乳首も昔の半分にしていました。

 オマンコの黒ずみはピンク色にして、大陰唇も削り少し細く外からは見えないようでした。膣も縮小手術を受けてかなりの締まりの良さでした。他にも肛門周りの陰毛は全部抜きツルツルで舐めやすくなりました。

 顔も顎を削り、ふくよかな頬も少し削ったようでした。2ヶ月かけて、900万円で全部治していました。その後2ヶ月は静養をして、僕に最初の男になってくれと頼んだのです。

「アア、イイ~、もうイク~ッ、イク~ッ」と絶叫しながら、全身を震わせて、特に膣は痙攣で、コチラもたまらず精液を子宮目掛けて「イク、イク~」と射精しました。

 膣口から白い精液がドクドクと溢れ出ていました。

 ここからは彼女のお話です。彼女もあるコンテストで優勝して、歌手にするというプロダクションに紹介されました。16歳の時に両親を説き伏せて上京しました。

 場所を言うと誰かがわかるので地方の名前は伏せて書きます。16歳の時で勿論処女でした。40歳ぐらいの先生に付きレッスンが始まり、最初は順調でした。

 ある時上手く唄えず泣き出した時に、寝室に連れ込まれレイプされたのです。「止めてください、ヤメテ下さい」というのに無理やり膣に陰茎を突っ込まれ血みどろになったそうです。

 その夜に、お母さんに電話を入れました。「お母さん先生に乱暴されて、アソコが怪我をして血が停まらないの」と言うと、母親は「歌手になる覚悟で出て行ったのだから、女性歌手は当たり前なのよ。

 もう少し我慢して先生の所に通いなさい。産婦人科を知っているからそこで手当てだけはして貰いなさい」といわれ、その夜は一晩中泣き続けたそうです。

 ボイストレーニングの先生にも犯され、プロダクションの社長にも犯され、先輩の男性歌手にも犯される毎日だったそうです。2年後にやっと新曲が出されて、地方公演に先輩歌手のお供で行ったそうです。

 東北地方の興行では、向こうの興行主が「お前の社長に50万円支払っているから」と無理やり夜はSEX相手をさせられたそうです。

 18歳の歌手にとっては辛い修行でした。その興行主は180cm100kgもあり背中には倶梨伽羅紋々の刺青が入り伸し掛かってきたそうです。

「せめてコンドームをつけてください」と頼んだのに、何回でも中出しをして明け方までに4,5回性交をされたそうです。そのときに妊娠して東京で社長が降ろせと命令され、

 下町の知らない病院で堕胎手術を受けたそうです。3日後に仕事が入っており、仕事着の着物で舞台に立ったそうです。まだ出血があり、医者は止めたらしいのにこれは仕事だと無理やりに舞台で歌ったそうです。

 出血が着物の裾から舞台に流れ、他の歌手もきずき、「どうしたの」と聞かれ、「生理の出血が多くてナフキンから漏れたのです」と答えたそうです。

 本当に可哀想で、それから2日後にはまたある後援会長に身体を売られて、性交させられたそうです。少しずつ、ヒット曲が出て、民放やNHKなどにも出ました。そうするとディレクター、

 プロデユーサーから身体を玩具にされ何度もやめ様か思ったそうです。それから15年、今度は僕を性生活の相手に選んだのでした。

 お互いに馴れてしまうと、普通の性交では面白くなく大人の玩具をアナルに入れて僕の陰茎を膣に入れたりして楽しむようになりました。

 ある時はバイブを挿入したまま舞台に立ち、僕が袖口から遠隔操作でそれを動かすのです。唄いながらオマンコの中にバイブレーターを入れているのです。

 最後の盛り上がるシーンでそれを最大にするとうずくまる様に、身体を曲げてイキマス。しかし観客にはそれが絶唱に見えるらしく、何時までもアンコールの拍手が鳴り止みません。

 でも彼女はイキスギテ、もう立っているのがやっとなのです。そこはプロですから、最後の力を振り絞って歌いますが、そのときには僕は意地悪で最初からボリュームを最大にします。

 袖口の僕を睨み付けますが、知らぬ顔で膣内のローターをグルグル回します。淫水が舞台にポタポタと流れています。この瞬間が僕の最高の悦びです。幕が閉まると彼女は立っていられず、

 しゃがみ込んで膣痙攣をしています。「先生、大丈夫ですか、医者を呼びましょうか」と関係者は真っ青です。お付きの僕は「大丈夫です、彼女は最後の歌で搾り出したので、時々こんな事があるのです」

 と身体を抱えて、楽屋に戻ります。帰るなり「何であんなことするのよ」と怒りますが本当は嬉しくて、大笑いです。帰宅するとお風呂に入りマッサージをさせて、バツゲームといいながら僕のチンポを引っ張って舐め続けていました。


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最終更新日 : 2021-03-04