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2020-12-10 (Thu)

女優の夢を持ち上京しましたが結局は風俗へ

 私は沖縄で生まれて、18歳で上京、本当は女優になりたくて、タレント養成所に6歳から通っていたのです。現在は20歳です。1○歳の時に、演劇を教えている先生に誘われて、

 お休みの教室で抱きすくめられて、その後アパートで処女を奪われました。先生のことは最初から好きだったので、レイプではありません。私は1○歳で身長が165㎝50㌔で、B75、W52、H76ありました。



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 オッパイも大きく運動会で、胸を揺らせて走ると、男の子によくからかわれました。ママに言ってブラジャーをつけました。もちろんメンスもありましたし、タンポンを使っていました。オナニーも友達に聞いて初めてクリトリスを触って、快感を知っていました。

 ですから先生に休みの日に出て来いと言われた時には、もしかして処女を捧げるのかと思っていました。先生に抱きすくまれた時には、木綿のパンティーが少し濡れていました。

 キッスをされて、Tシャツの前からいきなりCカップのオッパイを触られた時には、もう抱かれても後悔しないと覚悟していました。でも先生は淫行だと知っているようで、すぐにはアソコは触りませんでした。

 でも先生のズボンの前が膨らんで、私の下腹部に当ったので、勃起していると思いました。「先生が抱きたければ、私も好きだし、コンドームを使ってくれたら、SEXをしてもいいよ《と言いました。

「本当なのか、でもここにはそんな物を持っていないので、うちのアパートまで来るかい《と言われて「いいですよ《と返事しました。夏の暑い日で、扇風機を回して、万年床の敷いてある和室で、全裸にされてすぐに勃起したチンポを持たされました。

 先からはぬるぬるな液体が流れていました。すぐにオメコを開かれて、薄い陰毛を搔き分けて、クリトリスの皮を剥かれました。白いカスが着いていてたぶん小便臭かったと思います。

 セックスすると解っていれば、朝にシャワーぐらいは浴びてきたのに、仕方ありません。先生のペニスを初めて見ました。先生のあそこはやはり皮を被っていて、一気に自分の手で剥いていました。やはり少し滓がついていました。

 でも大きくなったペニスは子供のころ、父親がママの裸の上でチンポを大きくして、アソコに入れているのを見たことがあるので、それ以来です。

「可愛いオメコだなぁ、お前はオナニーをしているだろう《とクリトリスを触りながら聞きます。「何でですか《と聞くと「14歳にしては突起物が大きく立っているよ《というのです。

 薄い陰毛を分けて、饅頭型のアソコを開いてペニスを宛がいました。「痛くしないでね《とお願いしました。「わかっているよ、だって処女膜が見えるから《と言いますが本当でしょうか。

 先生のチンポはあまり大きくはないので、これならあまり痛くはないだろうと思いました。だってパパのものは物凄くでかくママが、凄いよ~とわめいていましたから。

 アソコが濡れてきて、先生はコンドームをつけて、先に唾をつけて入れてきました。膝を大きく分けて、アソコを見られるのはとても恥ずかしい思いでした。少しずつ膣の中に入りました。入り口が緊張でかなり締まっていて、挿入に時間が掛かりました。

 でも「痛いよ~《と言っているうちに、膣の奥まで一気に根元まで入っていました。少しの出血があり、先生も「少し我慢しなさい《とそんなには動きませんでした。

 でも締め付けるようで、10分もすると先生が突然「おい、もう気持ちがいいから出すぞ~《と言いながら射精をしたようです。私のあそこからペニスを抜くとコンドームの中には精液がたっぷりと溜まっていました。

 私はなんとなく物足りない気持ちでしたが、これでオンナになれた喜びみたいなものがありました。「先生と結婚したいなぁ《というと「それは無理だな《とそっけなく言いました。

 あれから6年が経ちました。先生とはその後3年間は週一で性交していました。東京に出てきて、ママの妹が住んでいる田端に行き、タレントスクールに入りましたが、田舎者はすぐには無理だと実感してお金を稼ぐために、

 今は風俗営業の吉原のお店でセックスをして、月に40万円位は稼いでいます。あの頃が懐かしいので、初めて書き込みしました。


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最終更新日 : 2020-12-10