私の淫乱癖は制御できない

 私は小さな工場で事務員をしています。従業員は現場と営業職合わせて、男性6人(平均45歳くらい)と中国からの実習生2人。女性は春まではもう一人事務員がいたのですが、旦那さんの定年を期に故郷へ帰ることになり退社してしまい、今はわたしだけになりました。

 彼女の仕事と自分の仕事と、合わせてすることになり初めは大変でしたが、女性は私一人という状況になったとたん、私の淫乱な気持ちは日増しに高まっていきました。




 彼女の仕事の一つに、実習生のお世話、その中に月に2度土曜日が休みになる日のお昼ご飯の手配というのがありました。本当はお弁当の手配や、外食させて領収書を出してもらう程度なのですが、私は知らないフリをして寮に行きごはんをつくる事にしました。

 最初に行った時は驚いていましたが、喜んでくれました。歳も近い(少し私が上ですが)ので仲良くしてましたが、本当の目的はこの子達に犯してもらう事です。夏になり、私は露出度の高い服を選び、目的を実行しようと寮へいきました。

 いつもはTシャツにジーンズだったのですが、少し大きめのキャミソールを買い、その上にブラウスを着て下は股下15cmくらいのミニスカートにニーハイソックスをはいて、さらに思いきってNBにしました。

 二人は私の格好をみてワァ~オといい、ニヤニヤしてくれました。私はいつものように料理をつくり、買ってきたスーパーのお惣菜をテーブルに並べ、一緒に食べました。テーブルと二人掛けのソファーと、一人掛けのソファーがL字に並べてあります。

 いつもは洗い物は二人に任せて帰ることが多かったのですが、二人と話ながらHな方向へと持っていきました。暑いね、と言ってワタシは立ち上がってブラウスを脱ぎ、わざらしく胸が見えるように食器を片付けはじめました。二人は私のNBの胸をガン見です。

 食器を洗い一人掛けのソファ体育座りしてパンチラしながら二人と話しました。逃げ出したいくらいドキドキが止まりませんでしたが、私はついに切り出しました。私がテーブルに手を伸ばし、私の胸に二人の目がいった瞬間『もっと見てくれる?』と二人にいいました。

 二人はキョトンとした顔をしていましたが、私は『お願い、もっと見てください。』と言いキャミをずらして胸を出しました。その勢いでスカートと下着を同時に脱ぎ、再びキャミを捲り上げ、全てを晒しました。

 二人は歓声をあげて喜んでくれました。そしてすぐにさわってもいいかと聞いてきたので、私は『嬉しい。なんでも好きなことしていいよ。なんでも言うこと聞くから…お願い。』(お願い、は彼らの良く使う日本語の一つ)ただこの日は彼らのHの知識と、二人が童貞だったため、挿入には苦労しましたが、

 夜中まで二人のPを頬張り続けました。『これから土曜の休みは毎回SEXしてね』と言い、この日は帰りました。翌週、私は通販でたくさんのHな本を寮に届くように注文しました。その本で勉強した彼ら、今では私を『淫乱ちゃん』とかの意味の中国語で呼び便器奴隷として使ってくれるようになりました。

 この事が会社にジワジワと広がり、経緯ははしょりますが、私は忘年会の温泉旅行の宴会でついにみんなの前で裸になり皆さんも私とSEXしてください、と告白しました。

 クビになりそうでしたが、なんとか今後も事務員として使ってくれることになりました。淫乱ドM奴隷事務員。クリスマス前の連休の朝、実習生の二人に友達を呼んだから来いと呼ばれたので寮にいくと、8人も友達が来ていて、

 夜中まで犯してもらい、彼らは外泊禁止なので一旦帰宅し、翌日また夕方まで。たぶん昨夜とはまた違う人も来てたと思うので、本当は結局何人としたのか全くわかりません。最後は外でみんなからオ○ッコシャワーでした。

 オ○ッコも大好きなのでそのまま車を運転して帰り、オ○ッコ臭いまま寝ました。さすがにアソコが炎症を起こし、お尻の穴も痛かったので病院にいきました。中でオ○ッコしてくれたのが悪かったかな。

 明日もカウントダウンパーティーに呼んでもらってるのに、フェラして飲むしかしてあげられないかも。オ○ッコも・・



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