転職したので免責とさせてもらうが、二年近く前まで担当していた顧客の女社長とまさにズブズブの関係にあった。彼女の容姿が有名人で、言えば女優の名○裕子にやや似たイメージだったから名を裕子としておこう。
女社長裕子の会社には、ほぼ月水金と週三日通って彼女と直接取り引きの交渉をしたのだが、僕が行くと彼女は生理中でない限り秘書の女性社員に「(重要な協議をするから)いつも通り30分くらい電話も取り次がないで」と指示して中から施錠する。
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そして予め録音しておいた議論を闘わせている会話を適当な音量で再生し、例え聞き耳を立てられても不信がられないようにする。その上で社長室の奥のソファベッドが置いてある仮眠室に入り、裕子がまず僕のペニスを貪り、
次に彼女からショーツだけを脱がせると濡れそぼっている女性器を貪り舐めてから巨臀を突き出させてバックで打ち込んでいくか、或は抱き合って下から突き上げるように貫いていく。
時間が少ないため最初から猛然と打ち付けていくのは勿論、裕子は必死で声を押し殺すのだった。僕が出向く予定日、裕子は決まってガーターストッキングを履いているのだが、内太腿に愛液の雫が垂れてしまうことも。
15分から20分の慌ただしくも激しいセックスで裕子を何度か昇り詰めさせると、最後は裕子の口内に射精し飲み干してもらうのが定番メニュー。
余韻に浸る時間もなく互いの性器を舐め浄め合って身繕いを済ませると、やっと応接のソファに戻って形ばかりの協議をして、事務的な雰囲気を演出する裕子に送り出されて社長室を後にする。これが、アフターファイブもやや忙しい裕子が求める僕との短時間逢瀬。
裕子も僕も時間的に都合がつけばだが、午後に外で落ち合い、そのままホテルに入るか彼女の自宅マンションに入って昼下がりから思う存分セックスに溺れ狂い合うことも度々。
夕刻になると裕子のフェラチオを楽んでいる最中に、或は身体を繋ぎながら携帯で直帰の連絡を入れてる。そしてそのまま彼女と一緒に泊まって思う存分悦楽セックスに溺れ合ったのは勿論のこと。
この時の裕子は僕を凌駕するほど旺盛な性欲や淫乱淫靡な好色性を隠さないのだった。裕子と愛人セフレ関係になったのは、彼女の会社の窮地を僕が持っていたとある会社の機密情報を提供したことで救ってやったことが切っ掛け。
窮地を脱して間もなく、裕子は僕を食事に連れ出し、バーや居酒屋を梯子して二人とも酷く酔っぱらってしまう。翌朝気がついた時、僕達は裕子の家のベッドに全裸で寝ていた。
この時裕子は41歳だったが、濃密な色香を放つ彼女の熟した身体は25歳の僕を完璧に虜にし、溺れ狂わせた。それが単に恋愛感情だけでなく、ビジネスを有利にもっていきたいとの裕子の思惑も含まれているとは認識していながら、僕はその思惑に自ら嵌り込んでいったと言える。
裕子のお陰で僕の成績は常にトップクラスとなり、彼女の会社も着実に業績を伸ばしていった。が、いつしか僕は同僚達から距離を置かれるようになっていく。そんな関係が二年ほど続いた頃、何と裕子が妊娠してしまう。更に僕には担当変えの辞令が出される。
自ら不妊症と言っていた裕子だから僕とのセックスでは何時でも好きなだけ注ぎ込ませていた。先代の愛娘であり婿を取っていた裕子は当時43歳の人妻。また、会社経営の才能に乏しい夫とは不仲で別居中で、子供は無かった。
その裕子が僕の子供を産める筈も無く、暫くして密かに堕胎手術を受けた。その術後に体調を崩して入院してしまった裕子を見舞い、僕は担当から外されることになったと告げ、同時に別れを告げたのである。
それから半年余りが経った頃、僕は退社し転職した。何故転職したかと言えば、僕が枕営業をしているのではないかとの噂が広まって、担当が変わっても同僚達が僕を白い目で視続けたからだった。
子の会社とはやや遠く離れてしまった為に逢うことは無いものの、今も時々電話で会話している。話す内容は勿論業務上の相談事が多いが、彼女ができて婚約まで漕ぎ着けた僕を応援し細々とアドバイスしてくれる。
出会って僅か半年余りで婚約することができたその理由は、裕子との逢瀬で磨いた性技を駆使して彼女をメロメロにしているからに他ならない。すべては裕子のお陰。
若さと初々しい魅力に溢れている彼女の身体は確かに素晴らしいが、僕のペニスを深々と呑み込み食い付くように密着する裕子の熟した身体も恋しい。
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女社長裕子の会社には、ほぼ月水金と週三日通って彼女と直接取り引きの交渉をしたのだが、僕が行くと彼女は生理中でない限り秘書の女性社員に「(重要な協議をするから)いつも通り30分くらい電話も取り次がないで」と指示して中から施錠する。
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最終更新日 : 2019-12-03