社内恋愛の話でも聞いてくれ・・2/2

 彼は気にしいなので、勝手に用意して気に入らなかったら‥とか考えると何も選べなくなるから、欲しいものを一緒に買いにいこうというタイプの人間だった。その頃PS3欲しいなとか思ってよく口にしていたので(別にねだろうと思って口にしたわけではない)

 じゃあそれ買ってあげるとか言われたけど、彼氏にゲーム買ってもらうのは何となく嫌だったので、後日一緒に出掛けたときにハンドバッグを買ってもらった。もちろんそのハンドバッグも嬉しかったけれど、あの変な紙を一生懸命並べてたのかと思うと、ハンドバッグよりケーキより一番あの紙が嬉しかった。



 そんな初めての誕生日も過ぎ、論文提出を済まし面接も無事に終えて、いよいよ怒濤の年度末決算のラストスパートに入ろうかという頃、あの恐ろしい東日本大震災が発生した。震災発生時は仕事中で、私は一人で15時アポまでの暇潰しをしていたときだった。

 あの船酔いのような横揺れは、完全にめまいだと思って(よくめまい起こすタチなので)地震と気づくのに少し時間がかかったが、地震だとわかったときは一人きりだったので本当に恐ろしかった。

 会社携帯でも個人携帯でも誰にも連絡できない。彼はTwitterもやってない。何時間も連絡とれず安否も不明。ワンセグもないからラジオだけでしか情報を得られず、あんなに大惨事になっているとは思いもよらなかった。

 一方彼はというと事務所にいたらしく、会社の判断で即退社命令が出たので営業車乗りあわせで帰宅していた。私は会社からの指示も伝わらず、震災直後の混乱で渋滞に巻き込まれなかなか事務所にすら戻れないでいた。

 どうにか事務所につくと、すぐに退社しろとのことで、電車は全て運休してしまったので会社指示で車で帰路についた。普段なら40分で帰れるところを、3時間かかってようやく帰宅すると、やっと彼と落ち合えた。

 停電しているからとどうしようもなく車で暖を取っているときに、私の母親が新宿で帰宅難民になっていることが判明した。そのときの私は新宿駅があんな状況になっていたことも知らなかったし、今日帰れないからといって大したことじゃない、どうにかなると思っていた。

 どうにでもなるでしょ、という私に優しい彼が初めて語気を荒くして怒った。「お母さんかわいそうだよ!迎え行くぞ今から!どうせ停電して何もできないんだし!」いやいやまだうちの親に会わせたこともないのに、いきなりこんな形で初対面?

 私は全力で断った。本当にあんなにヤバイ状況とは思っても見なかったからね。地震を大変な事態だと捉えていない私に、彼はガラケーのワンセグでニュースを見せてくれた。そこで初めて東北にとんでもない津波が来たこと、公共交通機関がダウンして都内で何百万の人が足止めを食らっていることを知った。

 彼と行くだ行かないだの言い争いをしている最中、問い合わせ連打でやっと届く母からのメールでは、なんとかなるのテンションから、本当に帰れない、泊まるところもないとの泣きの状態に落ちていき、彼の説得を受け入れて母を迎えに行くことに決まった。

 普段なら23区内には車で1時間程度で行けるのだが、あの日は片道5時間近くかかった。電池切れ寸前のくせにテンパってうろつく母をどうにか探しあて(最終的には新宿から浅草まで移動していた)そこで初めて彼と母が対面した。

 会ったこともない彼女の母親を心配して、自ら車を運転して迎えに行ってくれた彼の優しさに本当に親子共々救われた。そのとき改めてこの人と付き合えて本当に幸せだと思えた。震災が起きてから、彼は朝帰って自宅から出勤という生活をいつのまにかやめて、私の家を生活の拠点にするようになった。

 スーツも革靴も私服も少しずつ増えて、彼は自宅に帰ることがほとんどなくなった。震災から二週間後、私は初めて彼の実家にお邪魔した。会ったこともないのにいきなり泊まりは図々しすぎるからと、近くの宿泊施設をとってくれと話したのだが、

 地元は田舎で泊まれる場所なんてなかった。ビジネスホテルもスーパー銭湯もラブホもない。生まれて初めて訪れる県。そしていきなりの二泊三日。彼の実家に泊まって、中日には地元の友達との飲み会につれていかれることになった。

 彼の実家は駄菓子屋で、デレデレの対象のクソかわいい姪もいた。まだ一人で座れない赤ちゃん。子供嫌いなはずの自分も、気がつくとデレデレしていた。家族の前では私のことを「しっかり者で料理がうまくて仕事もできる子だよ」と紹介してくれた。

 そんな風に家族にきちんと紹介してくれた人は初めてだった。仲間内の飲み会も、正直参加は気が引けたのだが、まわりのみんなもそれぞれ彼女や奥さんを連れてきていて、嬉しい反面品定めされてしまうのかと内心ビビっていた。

 もれなく全員スーパー天然な家族に囲まれ、周りの友達にも恵まれて、自然豊かなこの田舎でのびのび育って、この人はこんな風に形成されたんだと知っていろいろ合点がいった。

 家族は口を揃えて「本当にお兄ちゃんはこんなに天然なのに売れてる営業なの?」と聞いてきた。どう考えてもあなたたちのほうが天然ですとはもちろん言えなかったが、確かに付き合う前まで彼に抱いていたイメージは、仲良くなると完全払拭するぐらい一人歩きした噂だということは分かった。

 はっきりいって私も彼があんなにも売り上げを叩き出すとはにわかに信じがたくなるほど、彼はシャイで天然でいろいろなことに対して無知だった。

 それからというもの、GWや夏期休暇、たまの3連休など、ことあるごとに彼の実家に行くようになった。彼の実家には親戚もよく来るので、親戚にも紹介された。彼のお母さんは小さい頃の写真や新聞の切り抜きをいつもたくさん見せてくれた。

 私は一人っ子で母子家庭で育ったから、大家族の彼がとても羨ましく思えた。二人でいるときには、彼は私にすごく甘えてきた。ベタベタゴロゴロ甘えるというよりは、小学生のガキみたいな甘えかただったけど、それがまた可愛かった。

 いたずらを仕掛けて怒る私を面白がって、取っ組み合って大笑いして、本当に楽しかった。家ではそんな人が、会社ではバリバリの営業マン。私だけが彼のオフの姿を知っているのは優越感以外の何者でもなかった。

 そして彼とは大喧嘩もたくさんした。お互い頑固でぶつかりあったけど、喜怒哀楽をここまでさらけ出してぶつかったのは高校の頃の恋愛以来だった。食べ物や音楽の好みも、洋服の趣味も合うしチャンネル争いもない。

 彼が競馬に連れていってくれたように、私も彼に初めての経験をしてもらいたくてライブや野音に連れていった。付き合って一年半が経って、一緒に過ごす二回目の彼の誕生日が迫ってきた。

 今回の誕生日で30歳を迎えるので、ささやかながら記念の一泊旅行を提案した。旅費と宿泊費は全て私が私が持つよ、と話すと「お金が大変だろうからプレゼントはいらないよ、俺もまだあげてないし」と気を遣ってくれた。

 実は彼の誕生日の二ヶ月前に、私の25歳の誕生日を迎えていて、仕事帰りにディナーをごちそうしてくれてはいたが、自分で考えてプレゼントを用意できないサプライズ苦手な彼は「欲しいものは今はなにも思い付かないからいらないよ」という私の言葉を真に受けて、本当になにも買ってくれなかったからだ。

 だから彼も何か欲しいものがあってもねだれないのだと分かっていたし、自分がもらっていないからといって彼にもあげないなんて嫌だったので(欲しいものが思い付いたときにねだればいいやという考え)私はその旅行のときに彼にプレゼントしようと思っていた。

 去年の誕生日は家でケーキを食べて、彼が欲しがった財布をあげたけど、今年は私が考えたものを贈ろうと決めて、二人で買い物に出掛けるときの彼の動きを注視していた。

 彼へのプレゼントは通勤用の鞄に決めた。入社当時から使い込んだボロボロのポーターのナイロンバッグを、さすがに30歳を過ぎてそれでも使い続けるのはどうだろうと思ったし、なにより彼がいつもセレクトショップやアウトレットで、鞄を物色していたのを見ていたからだ。

 鞄は私の独断と偏見で、私の好きなブランドで選んだ。持ち帰ると隠す場所もないし、とりあえず支払いだけ済ませてお店にそのまま置いてもらうことにした。

 仕事の合間に旅行の計画を立て、ホテルの予約をし、目前に迫った誕生日をどれだけ満足してもらえるか、楽しみではあったけれど正直気が気でなかった。あくまでサプライズなので、彼に与える旅行の情報は最低限に抑え、

 ご飯はどうしようか、プレゼントをどのタイミングで渡すのか、何度も何度も頭のなかで計画を練り直した。ここまで一生懸命計画したのはこれが初めてだった。そしていよいよ旅行当日になり、荷物をボストンバッグにつめて、出掛ける直前で彼にあるものを差し出した。

「なにこれ?」私が彼に渡したもの、それは旅のしおりだった。初デートで彼が寄越してきたあの旅のしおり。私も彼に用意して、ここぞとばかりに過去最高のドヤ顔で突き出した。

「旅のしおりじゃん!あっ!俺のアイディア真似した〜!」と笑いながらページをめくってすみずみまで眺めている彼を見て、すごく幸せだなと感じた。

 しおりに載せたタイムスケジュールには、ところどころ「ひみつイベント」と題した空白の時間を設けていたので、彼はそこに興味を示して、どうにか私からヒントを引き出そうといろいろ質問してきた。

 まるで〇学生のように「なになになになに?!あれ、もしかしてこれって?時間的にメシだよね?どこいくのなに食べるの?!」とまくし立てる彼に若干イラつきながら「黙ってりゃそのうちその時間来るんだよ!ウルサイ!」と制して、いよいよ目的地に向かう電車に乗った。

 いよいよ目的地に着き、まず最初にホテルに向かった。チェックインを済ませて、部屋の鍵と一緒に辺りを周遊できるフリーパスを受け取った。普段は車で行動する私たちだが、今回は電車とバスで回りたかったので、二日分のフリーパスを事前にホテル側に頼んで用意してもらっていた。

 エレベーターで登り、部屋の前に到着した。受付で受け取った鍵を彼に渡し「荷物持っててあげるからドア開けて」と言い、彼に解錠させた。ドアを開けるなり、彼は目を丸くして私の方へ振り返った。

「なんか、でかい袋置いてある。なにあれ?」私はポーカーフェイスを保てなくなり、ニヤニヤして彼を見つめると、「あ!!もしかして?!‥プレゼント?!用意してたの?」彼はいつもの少年のような笑顔を見せて、紙袋に飛び付いた。

「開けていい?なにこれ何入ってんの?」と、私が促すより先に梱包を解き出した。お店に預けていたあのプレゼント、どうしてもびっくりさせたくてホテルにお願いして事前に送り、ルームメイクの際に部屋にセッティングしてもらったのだ。

「今回は交通費と宿泊費と食事代で精一杯になっちゃったから、プレゼントは何も用意できないけど許してね」と、さも何も買っていないように装っていたので、思いもよらない展開に驚きを隠せないようだった。

 黄色のリボンをほどいて、紙袋から出てきたプレゼントを見て大喜びする彼を見て、また私のドヤ顔が止まらなくなった。彼はその鞄のブランドこそ知らないようではあったが、隅々までチェックして、ペンはここに、財布はここに、携帯はここに入れようなどと、そのデザインと機能性を気に入ってくれたようだった。

 そしてプレゼントでのサプライズでジャブをくらわせ、夕方ホテルを出て辺りを少し散歩しながら、ディナーを予約したお店に向かった。行列を尻目に店内に入り席について、コースの予約はしていなかったので、食べたいものを自由に選んで食べた。

 上機嫌な彼はお酒も進み、一通り料理を平らげたあとも、ワインのみたいからチーズ頼もう、とか自由なことを言い出した。「いやいや私ワイン苦手だから」「お腹膨れてるからもう少し待って」とどうにか彼の要望をかわしたのだが、それにはポーズの言い訳とは別な理由があった。

 ここでも彼には内緒で、旅行前に席の電話予約をしたときに、バースデーデザートをオーダーしていたからだ。ここでワインとチーズを頼んで彼まで満腹になられては堪らないので、私はハラハラしながら必死で回避した。

 コースを頼まなかったのも、デザートがついてきてしまうからだったので、最初に料理をオーダーするときから、心の中では「そんなにいっぱいメインばっかガッツリ頼むなよ!」「おいデザートのページ見るな!まだ食事すらしてないだろ!」とヒヤヒヤしていた。

 そのお店はバースデーデザートは普段は用意していないと言われたのだが、あるデザートがとても有名なお店だったのでどうしてもそれを食べたいと言うと「ではお皿の縁にメッセージを書きましょうか」と提案してくれていた。

 彼がちょうどいいタイミングでお手洗いに離れた瞬間、店員さんを呼びつけデザートをお願いした。そして彼が戻ってきて少しすると、呼んでもないのに急に現れて話しかけてきた店員に、彼はかなり驚いて挙動不審になっていた。

「お誕生日おめでとうございます!!」そういって差し出されたデザートの皿には、彼の名前とhappybirthdayの文字が書かれており、周りの客に見られて少し照れながらもまた喜んでくれたのがわかった。

「あぶねー追加注文してたら食べきれなかったなこれ!」「そうだよ、だからといってバラす訳にもいかないから、無理やりこじつけてオーダーさせないように必死だったんだよ!」そんな会話をしながら、二人でデザートを分けあってたいらげた。

 この時点で彼はもうこの日これ以上驚くことは起こらないだろうと踏んでいたようだった。ディナーを終え店を出ると、ホテルに戻ろうとする彼にしおりを見るように促した。

「まだ帰らないよ」「ほんとだ!ひみつイベント!まだなんかあんの〜?」私が用意したこの日ラストのイベントは、クルージングバーだった。貸し切りにすると料金が高いので、時間予約だけしていたのだが、運のいいことに私たちの他には客が一組いただけで、ほぼ貸し切りも同然だった。

 お酒をのみながら夜景を見て、これ男女逆だよな普通、私まるでプロポーズしようとしてる男かというほどの用意周到っぷりだわ、なんて我ながら思ったりもした。

 一時間位の周遊中に、今日あそこを歩いたね、あっちにも行ってみたかったね、海上からここの夜景を見たのは初めてだね、と色んな会話をした。春先とはいえまだ冷たい夜の潮風が吹くなか、甲板にでて誰もいない隙にこそっとキスをして、全部自分が段取りしたのに感動して泣きそうになった。

 そんな彼との一年半を思い返して、今この瞬間、彼の節目の誕生日を祝えることにこの上ない幸せを感じた。翌日は翌日でサプライズは用意していたが、特筆すべき内容でもないのでここには書かないが、人のために一から段取りして計画する旅行ははじめてで、

 主役はもちろん彼なので、彼に楽しんでもらうことが大名目だけど、プレゼンターとして私の役目を十分全うしたであろうことに、私は言いようもないほどの満足感を覚えた。

 あの誕生日から半年以上が過ぎ、来月頭でようやく2年を迎える。結婚の話はまだ出ていないけれど、彼の地元にも何度も連れていかれたし、彼の家族との総勢8名での旅行にも行った。

 母子家庭で育った私には、こんな大人数での家族旅行は初めての経験で、とても楽しいものだった。いい年こいてみんなでプリクラとって、旅行先でも家族写真も撮ってもらった。

 彼の両親にも「また来年も一緒に行こうね」と言っていただけて、旅行の翌月からは彼母の提案で来年分の積み立ても始めた。その他にも、彼妹と一緒にライブに行ったり、彼姉と姪と遊園地に行ったりもしたし、彼姉一家は私達が住む方にも遊びに来てくれた。

 夏休みには彼の親戚の家で流しそうめんパーティーに誘われたり、親戚一同での宴会まで参加させてもらった。ここまで相手の家族とどっぷり仲良くなったのは初めてだし、母、姉、妹とはメル友だし、さすがにこれで嫁にもらわれなかったら発狂したくもなるけど、

 来月からはいよいよお互いの今の部屋を引き払って、二人で新生活を始めることも決まったから、すぐにとはいかなくても将来的にいい方に転べばいいなと思っている。

 同棲は結婚が遠退くとかもよく聞くけれど、いまのワケわからん半同棲生活でお金のこととかその他もろもろの面倒があるなか、それらがきちんと片付くだけでも、私たちにとっては大きな進歩だと思う。

 もちろん喧嘩もすれ違いも何度も経験した。でも私は感情を思い切り出してぶつかる恋愛はなかなか出来るほうではないので、そういうところも全部含めて彼で本当によかったと思っている。

 全部が好きとは言えないし、腹立つところも相容れないところもたくさんある。それはお互い様だと思うけど、それでもこうして一緒にいて、嫌いなところも全部引っくるめて、やっぱり彼がいいと自信をもって言える相手がいるのは、本当に幸せだと思う。

 そのぬるま湯に浸って胡座をかいて、知らぬ間に大事なものを失わないように、ここに書き留めたかったのかもしれない。同じ社内という、こんなに近い場所にそういう人を見つけられたなんて私は本当にラッキーだと思う。

 社内恋愛はもちろん面倒も多い。気も遣う。うちの会社は社内恋愛禁止じゃないし、社内結婚もかなり多いから理解はあるほうだ。かといえ噂好きな人も多いし、私達は何だか社内でも目立つタイプのようなので、面倒を避けるため大々的にはオープンにはしていない。

 社内恋愛だからこそのよさも悩みももちろんたくさんあるけど、出会いは案外近くに転がっているものかもしれない。


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